平成30年度海外教育連携教員派遣報告
森末 光彦 助教 (デューク大学)

所属 分子化学系
氏名 森末 光彦 助教
期間 平成30年7月27日-平成30年10月2日
滞在先 デューク大学 (米国)

米国ノースカロライナ州DurhamにあるDuke大学に2ヶ月間の予定で滞在しています。ノースカロライナは米国第二の金融都市Charlotteなどを擁する州で、比較的州の名前を耳にする機会はありますが、訪問前に一体どんなところなのだろうかと旅行ガイドを調べてみると、実はほとんど取り扱われることのない場所です。公共交通機関がほとんどなく、旅行者にとっては不親切な場所で、旅行ガイドが紹介しにくいのも無理ありません。Raleigh–Durham国際空港を降りると、接続している交通機関はほぼ皆無で、空港の周りには何にもありません。正確には、平日は接続している地方バスがありますが、市バス仕様の車両でフリーウェーを激走するという、なかなかのスリルを堪能できる乗り物です。North Carolinianには、歩くときに靴を履くのと同じくらい車は当たり前の存在で、公共交通機関は大して重要ではないのです。Durhamはかつてはタバコ産業で栄えた街で、街中には今でもタバコ工場や関連施設の遺構がみられます(写真1)。かつての有名タバコブランド「Bull Durham」から、「Bull City」という街のニックネームがあり、かの松井秀喜選手もレイズ時代に一時期プレーした地元マイナーリーグ球団「Durham Bulls」も、これに由来します。


写真1. 公園化されているタバコ工場の遺構。

写真1. 公園化されているタバコ工場の遺構。

さて、タバコ産業で一財産を築いたJames Duke氏の寄附によって創立されたのがDuke大学です。創立の経緯からすると皮肉な話ではありますが、学内はもちろん全面禁煙です。Durhamは、ノースカロライナ州立大学のある隣街の州都Raleigh、ノースカロライナ大学Chapel Hillのある街と併せて、「リサーチトライアングル」を形成しており、産業側も併せて非常に研究活動の活発な地域となっています。3つのハイレべルの大学が、比較的密集したエリア内にあり、Duke大学だけが私立大学で授業料が突出して高く(学部生の年間の寮費と授業料あわせて約70,000–80,000ドル!)、全米トップ10に入る難関大学でもあることによって、学部生が他の2つの公立大学に比べて集まりにくいそうです。滞在期間中、ちょうど新学期の始まる8月末に向けて学部生の研究室配属がありましたが、全22研究室に対して学部生が28名しかいないという状況です。そのためか、留学生の獲得に積極的なようで、化学系では全体の約2割程度が中国からの留学生、生物系では全員中国からの留学生というラボもあるそうです。


写真2. Duke大学のランドマークになっているチャペル。

写真2. Duke大学のランドマークになっているチャペル。

滞在しているのはMichael J. Therien教授のラボで、広大なDuke大学の西部キャンパスにあるFrench Science Centerという研究所内にあります。「French」とはいいつつ、フランスとは全く関係なく、卒業生の旧姓Frenchさんの寄附によって造られた研究所です(写真3)。とても個人の寄附で建てたとは思えない立派な建物ですが、彼女がBill Gates夫人であると聞けば納得です。研究所は広大な大学キャンパス内にあるので、車のない私は、キャンパス内を運行するバスあるいは自転車を利用していますが、ラボのメンバーは近隣から車で通学しています。深夜に銃をもった男が学内を逃走中であるとの警告があったりするなど、日没後の治安が大学キャンパス内でさえ保証の限りではないこと、学生も半数以上は結婚していて家族持ちであることもあって、自分の仕事をしたらサッサと帰宅するという生活です。日本や、あるいは以前に滞在した英国のラボと違って、学生間のつながりもドライな印象を受けます。米国でも都市ではそうでもないのかもしれませんが、土地が広い地方では、生活スタイルが必然的に違ってくるのでしょうか。


写真3. French Science Center全景。

写真3. French Science Center全景。

ラボは物理化学?理論化学からの考察に基づいて化合物の設計?合成から測定まで、とりわけポルフィリンをはじめとしたπ共役系分子の合成から、電子スピンを対象とした過渡吸収分光、電子スピン共鳴分光まで、分野横断型の研究を一グループでこなしてしまうという関連分野では一線の研究グループです。そのうえ刺激的なのは、リサーチトライアングルの立地を活かして、近隣のNC州立大学、NC大学Chapel Hillの異分野研究者との研究交流により、互いの先進的研究を貪欲に取り入れようという非常にアグレッシブな研究環境である点です。ラボでは、学生?ポスドクの数が決して多くないのに数多くの研究プロジェクトが並列して走っており、大変な反面、彼ら自身も大車輪の活躍を楽しんでいるように見受けられます。

ところで滞在もあと残すところ二週間となって、巨大ハリケーン「Florence」に遭遇しました。通常、ハリケーンはフロリダ半島付近に上陸し、その後徐々に北上してノースカロライナ沿岸部に到達するという経路をたどるものだそうです。ところが今回、大西洋から直接ノースカロライナ州に上陸?直撃し、5段階中のカテゴリー4で上陸の予想が当初伝えられました。比較的内陸のDurhamでも被害が出る可能性、とくに原発の停止措置による停電の可能性が取り沙汰され、大学も9月13日木曜から土曜にかけての3日間、全てのイベントがキャンセルされました。この前後、街中のスーパーから、水やパンなどが消え、ちょっとしたパニックといった様相を呈しました。私も当初避難を計画したものの、バスがキャンセルとなり、車がないと避難の手立てを確保することは不可能に近い状況でした。生活の利便性だけでなく、身の安全のためにも車社会では、車が必要なのだと痛感させられた出来事でした。幸いにもハリケーンが逸れて、事なきを得ました。台風エキスパートの台湾からの留学生君曰く、ハリケーンは台風の比較にならないような途轍もない破壊力であるとのことで、今回はラッキーだったよ!とのことでしたが、何やら複雑な心境です。


写真4. 上陸直後のハリケーンの様子を伝える地元ニュース。

写真4. 上陸直後のハリケーンの様子を伝える地元ニュース。

最後に今回の滞在にあたり、スーパーグローバル大学創成支援事業と国際課の方々には大変お世話になりました。また留守中、松川公洋先生、中建介先生、井本裕顕先生には研究室の面倒をみて頂きました。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。今回、滞在しましたTherien教授とは研究分野が近く、幸いにも私の論文をご存知だったということで受け入れていただきました。米国でのグラント申請期間、新学期の開始時期とオーバーラップした2ヶ月間は慌ただしい滞在でしたが、今後も共同研究などの形で良好な関係に発展させて頂けたらと考えています。