1.はじめに
吹き付け和紙は、和紙製造に用いられる楮(コウゾ)に医療分野で活躍する「放射線」の一種を照射したCMCゲルを添加することで、和紙原料の安定した吹き付けを可能にした新しい素材です。スプレーガンを使用して噴霧し、様々なものを和紙コーティングすることができます(図1)。和紙の特徴とスプレーガンによる特徴を併せ持つため、新たな表現の可能性がある素材です。
しかし現在吹き付け和紙の主な用途は建物内壁の塗装材で、家具の塗装の一部や照明等に利用された例はあるものの、幅広い製品展開は行われていません。またそのほとんど全ての場合において、均一な和紙コーティングを施すためだけに使用され、吹き付け和紙の特徴を十分に活かした展開が行われているとは言い難い状況です。
2.本プロジェクトの目的
吹き付け和紙の特徴が活かしきれていない現状を受けて、吹き付け和紙を用いた新たな表現の開発を目的に研究を行いました。
吹き付け和紙はこれまで素材としての研究が進められてきましたが、独自の表現についての研究はあまり行われていませんでした。吹き付け和紙を用いて新たな表現を開発することができれば、主たる使用先となっている現在の建築内装材以外へのプロダクト展開が期待できます。
3.吹き付け和紙の特徴
吹き付け和紙の表現の可能性を探るために、様々な条件で吹き付けを行いました。
その結果から、吹き付け和紙の特徴を以下の4つに分類することができました。
3-1.様々な素材に吹き付けられる
布、メッシュ、桐、ベニヤ板、アルミ、ガラス、籐、磁器、セロハン、シリコン、PPシート、コルクの素材サンプルに吹き付けました。全く吹き付けられない素材はなく、幅広い素材への利用が可能です(図2)。
ただし表面の質感と硬さが定着の強度に影響し、表面が硬く凹凸のある素材には比較的定着しますが、滑らかで柔らかい素材には剥がれやすい性質を持ちます。
3-2.様々な形に吹き付けることができる
平面曲面問わず吹き付けることが可能です(図3)。
3-3.質感や色を多様に表現できる
吹き付ける際にコンプレッサから供給される圧力の違い(図4)、吹き付けを重ねる回数(図5)、吹き付け方(図6)、吹き付け後の加工(図7)、素材への着色(図8)により表情を変えることが可能です。
3-4.和紙自体を立体的に成形できる
型から外し自立させることが可能です。
4.手法
3でまとめた吹き付け和紙の特徴を組み合わせることで、吹き付け和紙独自の表現が可能です。本研究では特徴を組み合わせてできる表現の中からより独自性を強く演出できる下記4つの手法に絞り試作を行いました。
4-1.風船に直接吹き付けて皺を作る
吹き付け和紙の様々な素材に吹き付けられる特徴と様々な形に吹き付けることができる特徴を用いて風船に吹き付けて層を重ねた後、風船を意図的に縮ませ、取り外すと細かい皺のテクスチャを持つ素材を得ることができます(図9)。
4-2.布をかぶせた風船に吹き付けて皺を作る
伸縮する袋状の布を風船にかぶせて4-1.同様に吹き付けた後、風船を意図的に縮ませると4-1.同様の皺を持ちながら布地の形状を保った素材を得ることができます(図11)。
4-3.グラデーションを用いて吹き付ける
吹き付け和紙の質感や色を多様に表現できる特徴と和紙自体を立体的に成形できる特徴を組み合わせてグラフィック的表現を効果的に立体に見せることができます。
4-4.陶器素地へ吹き付ける
吹き付け和紙の特徴である様々な素材に吹き付けられる点と様々な形に吹き付けることができる点を素直に活かす手法も効果的であると考え、表面に凹凸があり和紙が定着しやすい陶器素地に釉薬のかわりに吹き付けるという手法を採用しました。
5.制作物
それぞれの手法の例として5点を制作しました。
4-1に対してはポーチ(図12)とぬいぐるみ(図13)を、また4-2の手法で得た素材でトートバッグを制作しました(図14)。4-3に対しては器を制作しました(図15)。4-4に対して花器を制作しました(図16)。
6.今後の展望
目的である吹き付け和紙の新たな表現を伝えることを重視し、質感を楽しむことができるプロダクト群を制作しましたが、手法を応用して雑貨小物や照明器具などへの展開が期待できます。また着色も容易なのでカラーバリエーションを作ることも可能です(図17)。
主に建築内装材に使用されている吹き付け和紙ですが、独自の表現ができる材料としてプロダクト分野への応用が可能であることを本研究を通じて提示できたと考えています。